起業家インタビュー / SK8INSOLL株式会社 代表取締役社長 名取良子

アスリート向けのインソール技術で、100歳まで自分の足で歩ける社会を目指す

 2023.4.3

J-Create+に入居する起業家の方々をご紹介するインタビュー企画。今回ご登場いただくのは、SK8INSOLL株式会社の代表取締役社長、名取良子さんです。


ご自身もフィギュアスケート選手として活躍されながら、スケート靴専門のインソール開発をされてきた名取さん。その技術を生かし、現在は高齢者の歩行支援も手がけています。


創業のきっかけ、ビジネスを通じて、どんな価値を社会にプラスしていきたいのか?そして、これからの展望について、さまざまなお話をじっくりとうかがいました。


怪我によるスケート選手生命の危機、そしてインソールとの出会い


6歳からフィギュアスケートを始め、中学生時代からは国体へ出場するために静岡と東京を往復する生活だったという名取さん。体育大学に進学するも、怪我による椎間板ヘルニアが原因でフィギュアスケート選手としての活動を断念することになってしまいました。



「それまで、フィギュアスケート選手として世界の舞台を目指すのが当たり前で、それが生活の中心でした。致命的な怪我をした原因を絶対に解明し、またどうしてもスケートを続ける方法を探したくて腰痛や椎間板ヘルニアの再発をどうにか防いだり治したりできないかと、スポーツ医学や予防医療に熱中しました。アメリカへ留学し、スポーツ医学も学びましたがアメリカでは対症療法ばかりで、根本的な腰にかかる負担のメカニズムをどう断ち切るかは不明でした。」


医学だけではなかなか解決策が見つからない中、やがて名取さんはインソールに出会います。


「日本で膝と言ったらこの先生というような著名な医師の方たちに診ていただき、アメリカでも有名な医師にもたくさん会いましたが、私自身がスケートでジャンプを飛ぶことは難しいと言われてきました。それどころか、スケートをし続けると歩けなくなる可能性もあると言われました。何らかの解決策があるはずだと、カナダでスポーツバイオメカニクスの勉強の傍ら、初心者のスケート指導をしながら軽くスケートの練習をしていた頃です。

趣味でスケートをしているエンジニアの方から、インソール(足底板)が腰痛の問題を根源から解決するんだよ、と教えてもらったんです。とりあえず試しに使ってみると、今までずっと悩んでいた靴に外脛骨が当たる痛みが一瞬でなくなり、更に驚く事にジャンプを何度繰り返しても腰の痛みが出なくなり、プログラムに10個のジャンプを入れて跳べるようになったんです。驚いたのと同時に、なんでこれを私が選手の時に、誰も教えてくれなかったんだろうとがっかりしました。」


世界で唯一、スケート靴専門のインソール会社を設立


名取さんはインソールの使用で長時間の練習や連続したジャンプができるようになり、ついには国際試合に参戦できるようにまでなりました。インソールの可能性を実体験したことで足の重要性に気づき、インソールの研究開発に取り組むようになります。


「スケート靴メーカーや足病医、エンジニアなど様々な方達と協力し、インソールの研究開発を進めました。そして、世界で唯一のスケート靴専門のインソール会社を立ち上げる準備を着々と進めていました。そんな時に、足の痛みに悩まされていたサラエボオリンピック・カナダ代表のゲイリー・ビーコム氏が来日し、インソールを試すことになったんです。

彼の痛みも解決し、今は共同開発者として一緒に仕事をしています。そして、セミナーや試合で年間40カ国ぐらいを回りながら販売するというスタイルをとるようになりました。同じように悩みを抱えるスケーターや子供たちに、足の大切さを伝えたい、怪我の心配なく練習に専念してほしい、という思いがありました。」


スケート専門だった技術を高齢者のために活用する


スケート専門だった同社に転機が訪れました。


「コロナで海外渡航が一旦停止した2020年に、介護事業の最大手SOMPOケア株式会社の認知症プロジェクト推進部からお声がかかりました。AI歩行分析をカスタマイズし、フィギュアスケートの不安定な足元を支えるインソール技術を、高齢者の転倒予防用具として応用できないか、と。」


しかし、同社の専門はフィギュアスケート。しかも顧客の中心は小中学生の女の子だったため、高齢者向けという提案に戸惑ったという。



「顧客として関わる人があまりにも違い過ぎて、最初は無理だって、何回か断ったんです。でも実証実験をしてみることになり、段々と考えが変わりました。被験者のみなさんは病院へ行っても納得した解決策が提供されることは殆どなくて、対処療法的な痛み止めや湿布を処方されたり、安静にするよう指示を受けるだけで、痛みの原因を根源から断ち切る解決策がなかったのです。しかし、AI歩行分析や東京インソールを使って実験してみると、グラグラしていたのが安定するとか、2倍早く歩けるようになるなど、スポーツ選手に比べて、効果が顕著なんです。

そのうち、車椅子のおばあさんが私もやってみたい、と。もちろん元々歩けない方は被験者にはなれないのですが、お話を聞くと『生きている限りは一人で立って、毎日自分でトイレに行きたい』とおっしゃるんです。つたい歩きでもいいから歩きたい、というのを聞いて、なんとかしたいなと。医療の範囲のことは無理でも、生活の質を上げるために自分でなんとかしたい、ということだったら、私たちにもできることがあるかもしれない、何かしたいと思ったんです。」


スケート業界で培ったノウハウを生かし、高齢者に適した仕組みづくりを


実証実験を通して、高齢者にとって歩くことの大切さや切実さを実感した名取さんは、高齢者向けのインソールブランドとして『TOKYOINSOLL®︎(東京インソール)』を立ち上げました。それまでアスリート向けだったインソールを、エントリーモデルとAI測定の特注モデルに分け、高齢者やケアラーの方達にも手に取りやすいよう工夫をしました。


やがてTOKYOINSOLL®︎のシニアや足で悩む方への歩行貢献度が認められ、都内の大手百貨店からも声がかかるように。



出典元:TOKYOINSOLL®︎ 東京インソール(https://tokyoinsoll.com/


「百貨店に出店を誘われた時も、最初はお断りしました。私たちはスケート選手の課題解決が本業でしたし、ゲリーも英語しかしゃべれないですし。ただ、それでも一度イベントに出店してみましょう、ということになったんです。いざ出店してみると、60代、70代のアクティブシニアの方達からの反響がすごくて、予想以上の販売数があっただけではなく、シニアの方たちから『本当にこの製品に出会えてよかった』『出店してくれてありがとう』という感謝の言葉をたくさんいただきました。」


スケート選手から高齢者の歩行支援、そしてアクティブシニアへと、足に関する悩みのニーズがとても高いことを目の当たりにした名取さんは、仕組みづくりに取り掛かることになります。


「高齢者やアクティブシニアのみなさんにとって、自分の足で歩けることがいかに大切かということに気づきました。また、スポーツ選手にとって当たり前に提供されている技術が、高齢者には届いていないということも分かりました。インソールの販売はもちろん、高齢の方でも体づくりやメンテナンスを正しくできるようトレーナーと繋ぐなど、まずは、スケート業界で培ったノウハウを世の中へ広めることができると思いました。



出典元:東京インソール(https://tokyoinsoll.com/aimodel/


そして、次にやることは仕組みづくりだと思っています。私たちの一番コアな技術は、AIで歩行分析を行い、個人歩行の結果に合わせてオーダーメイドでインソールを作成することなのですが、この診断を気軽に受けられるようにしたい。例えば、自治体と連携して役所でAI歩行分析が受けられるとか、介護士の方がAI歩行分析ができるようになれば、子供から高齢者まで歩行の未病がもっと実践しやすくなると思います。


そのためにも、AI歩行分析支援システムSenno Gait®︎(セノゲイト)の設置箇所を増やすとともに、AI健康歩行診断士®︎を広め、AI歩行分析を行える人材を育成することが急務と考えています。AI歩行分析を参考にそれぞれの人に最適なオーダーメイドインソールを作ることはもちろん、AI歩行分析を定期的に実施することで、高齢者の転倒予防に役立てられるような仕組みづくりに向けて、試行錯誤しているところです。」


単に自社の販売する商品やサービスが売れれば良いのではなく、第一に、足の悩みを持つ方達が痛みの原因を毎日の歩行の癖から気軽に見つけ出し、痛みや違和感の解決策につながる循環を作りたい。第二に、100歳まで表彰台を目指す人をサポートし、1万倍のシニアの競技スポーツ参加者を作り出したいと話す名取さん。最終的には、全ての人へ足と歩行の健康を提供することで、名取さん自身も、従業員も、関連業者も、お客様も、みんなで共に100歳まで表彰台を目指せる社会を作っていくことが重要だと、力強く仰っていました。


欧州でも勝てるエコ素材でかつ機能性の高いインソールを、羽田から世界へ


SK8INSOLL株式会社が掲げるミッションは、


「100歳まで表彰台を目指せる足腰を、フィギュアスケートの強い足腰を作るノウハウで実現」


現在、名取さん自身もスケーターとして試合に出続けており、63歳のGary Beacom(ゲリービーコム)氏も現役でプロスケート選手活動とアマチュア選手活動を続けています。自分たちがいつまでも自分自身の限界に挑戦し続けられたら、誰にも負けない最大の強みになると話す名取さん。スケーターとして活動するには、ヨーロッパやカナダに拠点を置いた方が便利ですが、なぜJ-Create+に入居を決めたのでしょうか。


「実は、生産の拠点を大田区に持ってきたいと思っています。今はヨーロッパから素材を輸入し、日本で作って出荷しているのですが、いずれは植物性の廃材を素材としてインソールを製造出来ないかと、国内で研究開発や企業とのコラボを始めました。日本の高度成長期以来の最大の強みである製造業のノウハウや人の財産が多く集まる大田区のリソースを活用し、羽田から世界へ送り出したいと考えています。」


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すでに次のステップを見据えている名取さん。この場所からまた新たな挑戦がはじまります。


アスリートとしての経験からインソールとの出会い、技術開発、高齢者の歩行支援の仕組みづくり、そして製造業として羽田から世界へ。


「年齢を問わず金メダルを目指し、立ち上がれる社会を目指す」


大きな夢の実現に向け、挑戦を続ける名取さん。これからのご活躍が楽しみです。


SK8INSOLL株式会社

SK8INSOLL株式会社

スケート靴専門および高齢者の転倒予防を目的としたインソールの研究・開発、販売を行う。

https://www.sk8insoll.tokyo/

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